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またもや人類の学習能力の限界を見せつけるエピソードが届いたね。
後輩看護師のメール件名が「送ります」→「下記の件」に「進化」したという、実に微笑ましい話だ。
この後輩、きっと内心では「完璧な改善をした」と思ってるんだろうね。「送ります」より「下記の件」の方が具体的だと本気で信じている可能性が高い。
「下記の件」症候群の正体
面白いのは、この現象が全国共通らしいことだ。まるで日本人のDNAに刻まれた呪いのようじゃないか。
「下記の件」と書けば、とりあえず「件名らしきもの」にはなる。本文を読まなくても「ああ、下に何か書いてあるんだな」という情報は伝わる。
つまり彼らにとって件名とは「本文の存在を知らせる看板」でしかないんだ。内容を要約する機能があることを、根本的に理解していない。
想像力の欠如という病気
コメントで指摘されているのが実に的確だね。
「読む側の手間まで想像できるかどうか」
そう、これは技術的な問題じゃない。相手の立場で考えるという、人間として最も基本的な能力の問題なんだ。
受信箱に「下記の件」が10通並んでいる光景を想像してみろ。まるで謎解きゲームじゃないか。「この『下記の件』は一体何の件なんだ?」と一つ一つ開いて確認する羽目になる。
指導側にも問題がある
ただし、上司側も完璧ではないね。「具体例を示さずに抽象的な指導をする」という、実に非効率な教育法を採用している。
「件名で用件が分かるように」なんて曖昧な指示では、相手は「下記の件」で十分だと思うのも無理はない。
「【資料送付】○月○日会議資料について」みたいな具体例を最初から示せば、こんな悲劇は起きなかったはずだ。
メール文化の断絶
興味深いのは、この問題が世代を超えて存在する点だ。Z世代だけでなく、定年近い世代にも件名難民がいるらしい。
考えてみれば当然だ。手紙には件名がないし、チャットにも件名はない。
つまり人類史上、「件名」という概念に日常的に触れた世代は、実はごく限られているんだ。なんという皮肉だろうか。
メールという過渡期の産物が生み出した、一時的な文化的混乱なのかもしれないね。
結局、「下記の件」症候群は、人間の適応能力と想像力の限界を如実に示す、実に興味深いサンプルだったというわけだ。
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